私の生きてきた道

坪井家の三姉妹の末っ子として1981年1月27日無事この世に生まれてきました。
一番上の姉は7つ上、真ん中の姉は4つ上です。
実家はとても田舎なので、小学校は分校。しかも、私は学年でたった一人。
分校なので、1・2年生、3・4年生、5・6年生と3クラス。
1つの教室に私の場合は2つ机とイスがありました(笑)

父親の影響もあり、動物が好きで、特にワンコ&ニャンコは大好きでした。
小さな頃から【動物は裏切らないから♪】と言ってました。

中・高も無事卒業。
中学の時は生徒会長もやってました♪(←実は卒業式の答辞が読みたかっただけ…)
部活は…中学はバスケットボール(ガード)、高校は少しだけ器械体操をやってました。

私の今まで生きてきた中で一番大きな出来事は、スノーボードに出会った事です。
スキーは3歳からやっていたのですが、中学2年の時に初めて姉と滑りに行き、
そのままスノーボードにハマっていきました。
まわりの環境が良かったので、姉の紹介や知人の紹介で
鷲ヶ岳スキースクールに入る事になり、スクールのお手伝いもさせてもらってました。
(準指導員として現在もスクールに登録されてます。)
高校を卒業する際、スノーボードの専門学校へ進もうか悩んだのですが、
せっかく環境が良いのに、大金を払って専門学校へ進んでも…と地元に残り、
冬はスキー場のスクール&パトロールで滑りながら働く事になりました。
そんなスノーボード人生を大きく変えたのが、
19歳の秋にフランス・ティーニュへのキャンプへ参加した事です。
そのキャンプはワールドカップ後のハーフパイプを使って
プロスノーボーダー達と滑ったり、コーチングしてもらえるというキャンプでした。
全5セッション中、2セッションに参加。
フランスの山を毎日滑り、少し成長して?帰国しました。
その翌シーズンにはフランスで同室だった女の子と一緒に北海道・ルスツへ。
2ヶ月ほどスノーボードの為だけにアパートを借りてコモリました。
その年、ボーダークロス競技とSAJスノーボード技術選では全国大会へ行き、
どちらも13位という結果に終わってしまいましたが、
私としては満足いく結果を残す事が出来ました。
結婚後はスノーボードを滑りたい!!という気持ちは無くなってしまい、
1シーズン滑れて数回ペースになってしまいましたが、
これもスノーボードを滑って滑って…もう滑りすぎてしまったのかな?と思ってます。

もちろん!今の主人と出会えたのもスノーボードをしていたから、
フランスへ行ったから、北海道へ行ったから…なんです。

結婚後はずっと前から私の!!ワンコが欲しかったので半年後にはHanaを迎え…
その後Chienを始め…Utaを迎え…今に至ってます。



私が昔から大好きな言葉 Carpediem!!(現在を楽しく!!)です。

自分の好きな事ばかりやっている人生ですが、
今日、こうして居られるのも、家族、主人の協力、理解のおかげです。
ありがとう!!