梨園の紹介
ごあいさつ

  西條梨園のホームページをご覧いただきましてありがとう

ございます。夫婦二人、こつこつと頑張っている山の中の

小さな梨園です。鳴門は、古くから梨栽培が盛んで、特に

「山の梨は甘い」(当梨園の場所)と評判でした。梨作りの様子

と共に、本当の美味しさも知っていただければ幸いです。

これからも、美味しい梨作りに努力していきたいと思っています。

今後とも、よろしくお願いいたします。

                       

鳴門市の位置
  ○鳴門市は四国の東部、徳島県の東北端に位置しています。
   東は、鳴門海峡を隔てて兵庫県の淡路島また、紀伊水道を
   挟んで和歌山県の北部に面しています。西は、香川県東かがわ市に
   接しています。
   昔から、京阪神からの玄関口として栄えてきました。

  ○現在も、徳島市を基点として国道11号線が通り、高松を経由して
   松山に至っています。また平成10年の,明石海峡大橋の完成により
   鳴門インターチエンジ(梨園より車で2分)から、 兵庫県明石まで直行
   できるようになり、高松までの高速道も完成しました。
   大変交通の便が良くなりました。
  
     
梨園の場所   ○鳴門市の中でも北部で、阿讃山脈の東端になります。
   山と山に挟まれており、その名の通り字名は中山です。
   40年程前までは、車が一台通れるだけの寂しい山の村でした。

  ○工事や家屋建築の材料として、山石を切り出す採石業が時代
   の波に乗り急速に発展し(現在は、衰退している)、また自動車の
   普及もあり今では国道が通り、近くには、神戸淡路鳴門自動車道、
   高松への高速道のインターチエンジも有り大変便利の良いところ
   となっています。
梨栽培の歴史
  
○ 大正時代の中期に木津の梨栽培が始まりました。明治5年に大津で
梨樹を試植した津川儀五郎が日夜研鑽と努力を重ねた結果、梨園栽培
に成功、それが隣村の木津地区にも広がって来たようです。

○山間の傾斜の緩やかな所(当梨園のある所)が開拓され梨園になって
きました。

○阿波の赤梨として名声を轟かせ長十郎梨は四国内はもとより、
阪神方面、また香港にも輸出したことがあるということです。
   
当園の梨栽培

○ 園主、良太郎の祖父の代に、現在の地で梨栽培を始めました。おおよそ
 昭和の始め頃と思われます。主に長十郎を栽培していましたが、新世紀
 晩三吉、へそ梨なども栽培していました。

○ 良太郎が始めた採石業が忙しくなり、昭和50年ごろに梨樹も倒して
 しまいました。そして少しばかり、菊水と新高を栽培し自家用と贈答用に
 使っておりました。これも国道11号線の建設のために切り倒し
 その後,埋め立て豊水、新高の苗木を植えたものが、現在の梨園です。
    


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