第二章





【 1 】

 風が轟々と吹き荒れ、窓をガタガタと揺らす。その音に大粒の雨の音が混じり、更に大きな音になっていた。近所の木は今にも折れそうにしなり、昼間だというのに外は暗い。灰色ではなく、真っ黒な雲が空にかぶさっているようだった。

 台風が来てもこれほどの暴風と豪雨に見まわれることは松山では希少だ。西に九州山地、南に四国山地、北に中国山地が聳え立ち、この山々が強固な防御壁となって松山は水害に悩まされない変わりに、毎年渇水に手を焼いている。しかし、今回は台風が余りにゆっくり進みすぎたのと、偏西風の関係で九州山地を突き抜けるようにしてコースをとっているために、間もなく四国に上陸するという。

 多村は音楽を聴きながら、ラケットのグリップテープを新しく巻いていた。しかし、外からの音が大き過ぎ、ほとんど歌詞もメロディーも聞き取れない。そこでリモコンを手に取り、音量を上げた。ポルノグラフィティの『サボテン』が流れていた。雨の日に似合う曲、というような題で、なにかの雑誌に取り上げられていたが、この曲はしとしとと降る雨を連想させる。雷鳴さえも轟くこの天候にはヴェートーベンの『運命』の方がずっと似合いそうだ。

 この台風十六号のせいで一週間ほどテニスができていなかった。多村は家に閉じ込められて大量の宿題を仕方なく殲滅する毎日を送っている。それも憂鬱になってきて、半分気晴らしでグリップを巻いていたのだ。巻き終わるとグリップを握った。しっくりと掌に馴染んだのが、少し嬉しくて、狭い部屋の中で軽く振るった。

 多村は雨が嫌いではない。部屋から雨の降りしきる外観をぼうっと見つめながら、思い耽るのが好きだった。なんともないことや、哲学的なことも考える。ただ、今日はなんともそういう気分になれないでいた。

 その時、ケータイが鳴った。多村は椅子から立ち上がると、それを取った。

「もしもし」

『あっ、多村』

「どうしたんだよ、霧島?」

 多村は電気もつけていない暗い部屋で時計に目をやった。まだ三時だ。真っ昼間だというのに、電気をつけないと文字さえまともに読めない。霧島博光は中学校は違うが多村の友人で、言うなれば腐れ縁という奴だ。

『今、村上から電話があったんだけど…』

 村上志保というのは、福原のダブルスペアでいつもポニーテールの少女だった。多村は言いたいことがあるなら焦らすなよ、という気持ちで、「なに?」と言った。

『福原がな、歩けないらしい……』

「どうせ足でもひねったんだろ、そんなことでいちいち電話すんなよ」

『それが違うんだ』

 そう言われて多村ははっとした。

「骨折でもしたのか?」

『詳しくはまだ検査結果が出てないから分からないけど、骨肉腫だって……』

 なにを言っているのかわからなかった。自分では理解していたのだろう。しかし脳が、いや神経が自分の意志が受け入れを拒否していた。

「なんだって?」

『骨肉腫』ともう一度言われて、信じられなかった。ただ、その一言が重くのしかかる。耳に残る。

「骨肉腫ってあの骨の……」

『そう……骨のガン』

 多村はそれを聞いて、「でも、決まったわけじゃないんやろ」と自分への言い聞かせも含めて言った。

「霧島、福原はどこに?」

『県病院。村上も一緒にいるらしい』

「すぐオレん家に来い! 県病院行くぞ!」

 多村はいきりたっていた。

『おいおい、この雨ん中……分かった。じゃ、すぐ行くから待ってろ。自転車は無理だからバス使うぞ。椿参道前のやつ』

「うん、じゃ、すぐ来いよ」

 多村は電話を置くとすぐに部屋を出て、階段を飛び降りた。すぐにリビングのパソコンの電源とプリンタの電源をつける。インターネットエクスプローラーのアイコンをクリックし、インターネットへと接続した。

 骨肉腫。ガンの一種で骨の髄にできる。できた場所によって治療や対処方は違うが、悪性の場合、ガン細胞の転移を阻止するために患部とその付近を大幅に切除することもよぎなくされる。足にできることが多く、膝から下、あるいは太ももから下全部を切除することもある。しかし、完治することも少なくはなく、他のガンに対して悪性は強くない。ただ、内臓に転移した場合、死に至ることもある。多村にその一行が重くのしかかっていた。

すぐにチャイムが鳴って霧島が来た。多村はプリンタアウトした資料などを積めこんだリュックを背負い、黒い傘を手に取ると雨の中へ駆け出した。





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