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【 5 】 蛍光色のボールが左手から離れた。ふわりと空中に浮かび上がると同時に、弓のようにしなった体が軽く飛び上がり、ラケットが弧を描いて頭上のボールを捕らえた。ボールはネットの中心を越え、相手のサービスコートの中心を掠める。そしてコートを駆け抜けたそのボールは、相手のラケットに触れることなく後ろのネットに突き刺さった。 「ゲーム・アンド・マッチ」 審判をしていた霧島の声がゲームの終わりを告げた。それは草試合を申し込まれた多村が相手を下したことの証明だった。多村は帽子を脱ぎ、相手は手をハーフパンツで拭きながらネットへと歩み寄って握手をすませ、木陰のベンチに座った。 「今日は調子いいな」 横に座った霧島が肩を叩いた。「お前にはまだ勝てないけど」と、多村は皮肉った。部活が午前中の日は午後からこのテニスコートで硬式をしていた。残念ながら中学で硬式テニス部がある公立学校は、松山にはない。そのため、霧島と多村は自分たちだけで、年会費五百円で使い放題というコートで練習しているのだった。 「うちらと勝負してくれませんか?」 関西訛りの丁寧語が右側から聞こえ、多村はそちらに顔を向けた。二人組みの女子で、一人は細身のテニスをするにしては白めで、目深に帽子を被ったショートカット、一人はテニス焼けそのものの肌に、ポニーテールの髪の毛でサンバイザーを付けていた。 「いいけど……ダブルス?」 多村がペットボトルのポカリスエットを飲み干してそう聞くと、「うん」と帽子の方が言った。 「あたし、福原渚。こっちは村上志保。京都から合宿に来てて、明日の練習試合に備えて、練習しときたくて」 なるほど、関西訛りを感じたのは京都の人間だったからか。そんなことを多村が思うと、「ダブルス?」と霧島が聞いていた。やはり二人は頷く。 多村はそれを見て、ベンチに立て掛けていたラケットを地面の上で、「ウィッチ」と聞きながら回した。「スムース」と福原という少女が答え、回転が止まって地面に倒れた多村のラケットは表、つまりスムースを示していた。 「ほな、サーブね」 福原がそう言ってコートの向こう側にラケットを持って駆け出した。しかし、すぐに止まって振り返り、「そや、賭けせえへん?」と言った。「賭け?」と霧島が素っ頓狂な声を出した。 「そや。負けた方がジュースおごるってどう?」 多村と霧島は顔を合わせて頷き、すぐに「乗った」と答えた。 「ザ・ベスト・オブ・ワン・セット・マッチ。ラブオール」 多村がコートに入って、霧島がサービスコートのセンター付近にポジションを取ると、福原がそう言ってサービスの構えを取った。 トスが上がり、緩やかにラケットヘッドが持ち上がったかと思うと、いきなりラケットが翻り、ボールがサービスコートに突き刺さってきた。鋭いスライスサーブだ。多村はほとんどテイクバッグをせずにブロックリターンでそのサーブをクロスに返した。相手前衛の村上のポーチは届かず。ボールはシングルコートとダブルスコートのラインの間、アレーと呼ばれるところに帰った。霧島はストレートを抜かれないようにコートの端に寄る。それを見たのか、上手い具合に福原はロビングで霧島の頭を抜いた。「チェンジ!」という言葉が霧島から掛かり、多村はダブルバッグハンドで逆クロスに高めのロブを打った。これで霧島がポジションを取る時間を稼ぐ。 素早くコートを走った福原は回り込み、フォアの高い打点でボールを捕らえた。並大抵の女子でないことは確かな、きっちりとしたフォームで、霧島はスルーした。多村はオープンスタンスでテイクバッグをすませ、クロスを睨んだ。村上を視界に入れる。村上の膝が右に折れた。 かかった。そう思ったのと多村がラケットを振るったのはほぼ同じタイミングだった。高めの打点で捕らえたボールは、多村から見て村上の左側をきれいに通り抜けた。 多村と霧島は軽くお互いの手を叩き合った。
「いくら勝ったから言うて、女の子におごらすん?」 負けた福原はそんなことを言ってとぼけていた。 「……っとに、ほら、どれにする?」 多村はため息をつきながら、財布の小銭入れを覗き込んだ。福原は「おおきにー」と笑いかけ、図々しくも、「ほな、ポカリね」と自販機のボタンを押した。ゴトンと音がして五百ミリペットボトルのポカリスエットが落ちて来た。 「あれ? 多村君は?」 ふたを開けながら言う福原に多村は、「オレは金欠病なんだ」と皮肉っぽく現実を告げてやった。福原はグビグビと半分ほどを飲んだ後に言った。 「せやから、買わんかったんね。そやったら、これ飲めば?」 「へっ? い、いや、いらねぇよ」 多村が少したじろいだのをいいことに、福原はにやけた。 「あぁー、恥ずかしいんね。思春期やわー」 「違うっつに! そこまで言うんなら、飲んでやるから、貸せ!」 多村はムキになって、笑って差し出されたペットボトルを奪い取ると、飲み口に一気に口をつけてぐいぐいと中のものを飲み干した。味は全く感じられなかった。 「おめっとさん」 そう言う福原に、「なにがだよ」と多村が反応する。 「間接キスかて、初めてやろ」 そう屈託のない笑顔を浮かべた福原を見た多村は、自分が紅潮するのを感じて、福原から目をそむけた。しかし、そむけた先で霧島と村上が笑っているのを見ると、空になったペットボトルを自販機の横に投げ入れ、髪の毛を掻いた。 こんな時が永遠に続けばいい。そう多村は思っていた。それが当たり前だと思っていた。 |