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【 6 】 顔見知りになっていた病院の先生が、医師の仮眠室を貸してくれた。霧島と多村はそこで眠ることになったが、少し眠ってもすぐ目が覚めた。生きること、死ぬこと。多村はそのことについてずっと考えていた。取り止めのない考えと、巡り巡る思考の中で、渚のあの笑顔が過った。 そうしているうちに廊下が騒がしくなり、やがて仮眠室の扉が開かれた。顔見知りの医師が無言で頷いたのを見なくても、分かっていた。多村と霧島は立ちあがり、仮眠室から出た。 渚の親族だろうか。たくさんの人がいる病室の機械はさらに増えていた。そのたくさんのコードが体と繋がり、痛々しいチューブが喉に突き刺さっている。そんな状態だというのに、ビニールの中の渚は微笑んでいるように見えた。ふいに美智子さんが多村の肩を叩いた。多村は頷いてベッドに近づいた。渚の父親だろうと思われる優しそうな男性と、美智子さんが先生の耳元でなにかを呟くと、医師は深く頭を下げ、ビニールをめくると、多村たちに目で呼びかけた。 多村はビニールをくぐり、渚の手を握った。しかし、渚は握り返すことはなかった。村上と霧島はビニールの中には入ってこなかった。なにも言わず、なんとも言えない表情のまま突っ立っていた。多村は手を握ったまま、渚の顔と同じ高さにしゃがみ込んだ。 「渚……」 小さい声で呼びかけた。答えるわけがないと分かっていてもそれしかできることがなく。もう一度、祈るように、「渚」と呟いた。渚の手は暖かく、それを握る自分の手が震えている。 「渚」 多村がそう言うと、震える手に少し圧力を感じた気がした。 「しゅう……」 かすかに聞こえた声にならない声。 その唇の動きと、薄く開いた瞼に後ろがざわめくのが聞こえたが、すぐに静かになった。 「なに?」 「あいしてる」 そう言って、微笑むと渚は瞼を伏せた。目じりからすっと細い涙が滑った。 「渚、ありがとう」 多村は込み上がってくる様々な思いを抑え、そう言った。 嘘かと、幻かと思った。だが、確かに渚は今自分の名を呼んで、そして「あいしてる」と言った。もう意識がもどるはずないのに、彼女はもう一度だけ、自分に会いにきた。自分にあいしてると伝えるために、もう一度だけ戻ってきてくれた。ただ、それだけのために。 先生の、「奇跡ですよ」という穏やかで少し震えた言葉が聞こえた。 奇跡だと思った。でも、この奇跡は誰が起こしたわけでもない。渚が、あの渚自身が起こしたんだ。 霧島に肩を叩かれ、多村は頷いた。そして、抑えることができず、溢れ出す涙をそのままに、精一杯微笑んで、「ありがとう」と渚に言った。 多村がシートから出ると、医師が部屋にいるたくさんの人々を見まわした。多村は、医師が機械のボタンに手を掛けて、目を逸らしそうになったが、渚の顔を見た。次々とスイッチが切られて行く。それでも渚の顔から目を離さなかった。渚は変わらない。渚は、最後の最後まで福原渚だった。 |