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板垣退助
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板垣退助は、政治家という力量からいえば、
伊藤博文、大隈重信らに一歩譲らねばならぬかもしれないが、
「おれは革命家だ」と自らも言っているように、
エネルギーにあふれた人物であった。。

板垣退助様。。
いらっしゃいませ。。
あなた様のお姿を
財布の中に拝見いたしませぬようになりまして・・?十年・・
大変懐かしく、、
箪笥の奥のいっちょら^^;の着物の下に入れておりまする
古銭入れより、百円札を取り出し広げましたところ、、
この一枚であれも¥まだあれもこれも¥¥買えた時代が・・($_$)
コホン・・
凛々しい御髭に、舶来のようなお顔・・
遊遊、、しばし見とれておりました。。
さて、おいで戴きました現世。。
「わしの作った自民党はどこぜよ?」
のお尋ね、お察し申しあげます
現世の者にも、大変不可解な・・
思想の定義はどこへやら、政党もいくつありますものやら、、
日本国の最高会議の国会でも、逆ギレ答弁などさまざま、、、
漫才よりも滑稽なのは、国民へのサービスなのでございましょうか。。(;_;)
遊遊、難しい政治の内容など、
とんと理解できないのはもちろんでございますが、、
一般庶民は、この世に生を受けました時より、
「人様の物は人様の物」と親より教えられ、心に刻んでおります。。
退助さま、、
庶民の汗水流した税金は
政治家様やエライとされる方々の物なのでございましょうか、、
「痛みを分かち合う」のは大変に日本人の気質に適した言葉、
なの、、ではございますが、
政治家様は高額納税だから?ともお察し致しますが、
かといってエライ方々の不始末を何故に分けていただかなければならないのか??
エライとされる方々と庶民の親は教えが異なっているのでございましょうか・・
「反省だけなら猿でもできる」と流行語がありましたと思いますが、
反省という事も学習してきていないような、、
もしかして??御猿様が賢い???
(失礼致しましたm(_
_)m言葉が過ぎました・・)
解からない者にはさっぱり解からない、、
現世の政治なのでございます。。
退助さま、
まもなくに、新米もできましょう。。
土佐湾の油の乗り切った鯖で鯖寿司などいかがでございましょうか、、
どうぞ、ごゆるりとされまして、、
退助様の自民党とお出会いなされましたならば、、
世間の狭い遊遊に、
現世の政治の事、御解説下さいますようお願い申し上げます。。
31歳時、京都に於いて西郷隆盛らと倒幕を密約
35歳時、明治維新に大きく貢献した退助は、
その功績によって新政府の大臣となり、
国政に参加するようになる。
「自由は土佐の山間より出づ」とうたわれ
明治14年、東京に自民党組織、
自由民権運動を広げるべく、日本全国を遊説中、
同 15年、岐阜の中教院にて暴漢に襲われ、
血まみれで口にした言葉、
「板垣死すとも自由は死せず」
は名言として語り継がれ、
板垣の民権思想は世論を動かした。
同 22年、憲法発布、
以後、国会開設へと日本の立憲政治を進めていった。
日本の議会政治の先覚者として残した足跡は、
彼の生涯を通して最も大きな功績といわなければならない。
―1837年、高知城下中島町に生誕
読み書きを好まず、
大変なわんぱく者であったと伝えられている
1919年、7月16日、83才の生涯を閉じた。―
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1953年、板垣退助の肖像は、
日本銀行券の紙幣(B券)の表面図柄として使用されている。
(現在有効紙幣)
(同年、五銭、十銭、五十銭、1948年発行の一円黄銅貨は
小額通貨整理法により通用停止となっている)
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(2003,9,18 記)
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