人物の部屋
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| 「内助の功」で有名な、現在の高知城の城主山内一豊の妻・千代である。 はぎれをつないで小袖に仕立てたところから、 「千代紙」の名の元になったともいわれ人物だが、 こうしたちまちました節約で内助の功を発揮したというのではない。 彼女の名を高めたのは、10両もする高価な馬だった。 一豊がまだ織田信長の一家臣にすぎなかったころ、 そろそろ浅井・朝倉攻めが近いという噂でもちきりだった安土の城下に、 馬売りがあらわれた。 その中の一頭がみごとな駿馬で評判になったのだがなにしろ10両。 わずか200石取りの一豊に手のでるものではなかった。 その馬を見てからというもの、 家に帰ってもため息ばかりつく夫を見た千代は、 嫁入りのとき「夫になにかあったときのために」と 叔母にもらった10両を差し出だしたのである。 普通なら馬一頭が夫の一大事かどうかは考えるまでもないところだ。 ところが出陣前には馬揃えがあった。 馬揃えとは、 出陣前に支度を整えた家臣たち一同の閲兵式みたいなものだ。 一豊のひいていた駿馬は、いやでも信長の目をひく。 そんな立派な馬をどこで手に入れたと問う主君に、 一豊は正直に妻に買ってもらったことを告げた。 このときから一豊は妻のおかげで出世したと後世にいわれるようになった。 千代の本当の内助の功はこのあと、関が原の合戦を前に、 石田三成の旗げを、 夫を通じて徳川家康にいちはやく知らせたことにあったようだ。 |